こころからだあたま。 仕事をするということ。
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3月の出来事を少し書きます。

3月に入って、至急の対応が要求される仕事が続いてました。
3.11の前から、毎日のように、担当する製品についてお役所から照会事項を受けていました。
それに対応するため、ほとんど寝てませんでした。
3.11の前日も、2時間睡眠でした。そして、地震が起きました。

3/12, 13と土日も休日出勤が確定していたので、息子は義母さんに急きょ預かってもらうことになっていました。
3.11の午後、義母さんが早めに保育園に迎えに来てくれて、千葉まで向かう途中で息子は地震に会いました。
40分ほど電車に閉じ込められましたが、特に混乱もなかったとのこと。その後、義母さんと息子は、線路を歩いて電車を脱出し、駅からタクシーで家にたどり着いたそうです・

私は、3.11は会社に泊まりました。歩いて4時間くらいで帰れそうでしたが、仕事も盛りだくさんだったし、息子を迎えに行く必要もなかったので、会社で過ごしました。救急車のサイレンが鳴り響く夜道を歩くのも少し心配でした。
5時頃電車で自宅に帰り、2時間仮眠後、朝9時からグローバルとテレカンをしました。

テレカン後、テレビをつけて、ことの大きさを実感してきました。正直、「仕事をしている場合ではない」とさえ感じました。
厚労省の方からの宿題の提出期限は、週明けすぐでしたが、「きっと延ばしてもらえる」と思いました。
でも、結局提出期限は伸びませんでした。(結果的に、むしろ、タイトになりました。)

繰り返す余震の中、「心に平穏を取り戻し、仕事に集中しなくては」と思いましたが、2日間で4時間睡眠で体力も限界でした。TVをつけても心が張り裂けそうでしたが、TVをつけなくても不安で、TVを付けながら書類を作成していました。里帰り出産した岩手の友人のことも心配でなりませんでした。

そして、3.12夕方、福島原発の水素爆発が報道されました。極度の不安には陥りませんでしたが、情報不足が怖く、TVを消すことができませんでした。結果、仕事の効率が極度に落ちました。

そんな中、会社で同じ製品の対応をしている方たち(そして、厚労省の方からも)の電話やメールが飛び交ってました。出社は不可能だったので、各自、自宅からテレカンなどで進捗を確認しあいました。
寝不足も、地震による疲れも、みな同じだったので、「私だけできません」が許される状況ではなく、半分泣きそうになりながら、仕事を継続しました。

そんな日々が3週間ほど続きましたが、何とか会社として乗り切ることができました。

医薬品は、人の命にかかわる仕事。どんなことがあろうとも、対応を止めることができないことがあるのだな、ということを実感しました。

仕事に没頭せざるを得なかった状況だったので、生活を整えることがおろそかになり、ただでさえ在庫の少ない我が家は物資難に陥りかけました。
幸い、外食系はあいてたので、息子には、晩御飯を「すき家」で勘弁してもらったりしました。

仕事をするって、こういうことなのかなぁと何となく漠然と感じたりしました。

4月になり、仕事も落ち着きを取り戻してきました。
気付くと桜が咲いていました。
1分咲きくらいなのに、すでに葉桜だったので、少し気になりました。

2011.04.03 Sun l ちょっぴり仕事 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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